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INTERVIEW

素のままでいられる、故郷で暮らす。

インタビューアー / 福岡R不動産

[農業] 添田 英幸さん

不入道でオーガニック野菜農園「ヒデちゃん農園」を経営する。南畑出身。一度は南畑を出たが、Uターンして家業を継ぎ、農業を始めた。

南畑で生まれ育った添田さん。20代には南畑を飛び出してさまざまな経験を積んだが、戻る場所は南畑と決めていた。一度外に出てみたからこそ分かる、南畑の魅力や課題について語っていただいた。

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元々南畑育ちということで、Uターンになると思うのですが、一度南畑を出てから戻るまでの経緯をお聞かせください。

南畑を離れていた間も、心の片隅に「いつか自分の番が来る」という思いがありました。
物心つくころから、いつかは戻ってきて農地を守っていく、ということをなんとなくずっと言われていたし、自分でもその通りだと思っていたんです。だからこそ、外の世界を見てみたいという思いがあったのかもしれません。
南畑を出た後は色んな仕事をやりましたね。どうせ戻って農業をやるなら、作った野菜を自分で調理して、それをみなさんに食べてほしい、という思いからイタリアンレストランで働いていたこともあります。農業にはお金がいるから、と自動車工場の期間工になったこともありました。
でも、ちょうど自動車工場で働いていたとき、祖父が亡くなったんです。それで、南畑に戻ることを決めました。
農地は手を入れないと、どんどん使えなくなっていってしまう。実際は1年くらいなら寝かせておいても良かったんでしょうし、父も農業をやっているので、戻るまでの間だけ父に託すこともできたんでしょうけど、ここで1年空白を作ってしまうと、南畑に戻って農業を始めるタイミングを見失ったままになりそうだと思ったんです。

農薬を使わずに育てたバジルは香りが強い。スーパーで売っているものとは別の作物のよう。

農薬を使わずに育てたバジルは香りが強い。スーパーで売っているものとは別の作物のよう。

農業については、有機栽培にこだわりながら実験的な取り組みをされていますが、最初はどんな形で始められたんですか?

最初から、やるなら楽しく、色々やってみたいと思っていました。田んぼも畑も梅畑も、せっかくあるんだから。
でも農業のことは、本当は祖父に教えてもらいながらやりたかったんですよ。その先生がいなくなってしまったから、一から自分で勉強していくしかありませんでした。
ただ自分の中で、農薬と化学肥料を使うのはNG、というのは元々あったんです。だから有機農法で行こう、というのは最初から決めていたんですが、有機農法と一口に言っても、調べれば調べるほど本当に色んなやり方があるんですよ。最初の1年くらいは、どんなやり方が自分に向いているのか、色んな農家さんを訪ねて研修や見学をさせてもらっていました。だいたい20〜30件くらいは回りましたね。ちなみに、最初の年から農業だけで食べていけるとはまったく思っていなかったので、このときは清滝でも働いていました。
※清滝…南畑の温泉施設。福岡市内からも多くの利用客が訪れる。

南畑に戻ってみて、どう思いましたか?

離れていた時期もありますが、南畑のことは元々好きだったんですよ。戻ってみて、ますます好きになりましたね。
特に良いのは、なんでも「わざわざ」しないとできないこと。たとえば買い物ひとつ取っても、ふらりと店に立ち寄るなんてことはほとんどなくて、「わざわざ」車を運転してコンビニやスーパーに行かなくちゃならない。気軽に買い物ができないからこそ、ないならないで済ませる、最低限のシンプルな生活になっていくんですよ。
離れる前と変わったのは、他の地区の人と関わるようになったことですね。自分の家の近所の人たちのことはよく知っているんですけど、他の地区の人たちとなると顔も知らない、なんてこともありました。ただ、「不入道の添田です」と名乗れば、他の地区の知らない人たちも、ちょっと安心してくれるんですね。そこが南畑の面白いところだなと思います。

これから南畑をどんな地域にしていきたいと思っていますか?

南畑は今のところ、一次産業が中心ですけど、それだけで終わったら面白くないですよね。レストランや宿を作ったり、地域おこしの取り組みをしたり、もっと色んなことをやっていきたいです。南畑にはまだまだ面白くなる要素がたくさん埋もれていると思うんですよ。そういうものを掘り起こして、もっともっと多くの人に南畑のことを知ってほしいし、遊びに来てほしいなと思います。
僕個人としては、農業をベースにして、そこから得られるものを面的に南畑の地域へ広げていきたいなと思っています。たとえば、農業体験などで「遊びに来る場所」としての農業を推し進めていったり、というようなことですね。

さまざまな新しい試みが行われている農園。毎年が試行錯誤の繰り返しです。

さまざまな新しい試みが行われている農園。毎年が試行錯誤の繰り返しです。

南畑の課題はなんだと思いますか?

南畑には「これだ!」というものがないんですよね。都市部の人から見て、気軽に立ち寄れるところがない。だから、せっかくイベントなんかで南畑のことを知ってもらっても、受け入れる場所がないんです。中ノ島公園か、清滝あたりを、もっと回遊性があって人が立ち寄りやすい場所にしてもらえるとありがたいですね。
ただ、あまりたくさんの人が押し寄せてきても対応しきれないので、ちょうどいいくらいの人数が来てくれるような場所がいいですね。どかんと大きな看板があるわけじゃないけれど、なんだかこのあたりは良いよね、というような場所です。
で、そういうことをやるためにはプレイヤーになれる人、仲間が絶対に必要なんですよ。僕1人だけでは何もできないから、この南畑で何かやりたい、という人と組んで色んなことをやっていきたいと思っているんです。今、実際に動き始めているプロジェクトもあります。養蜂や、オーガニック藍での藍染なんかがそうですね。もっと他にも何かやりたい人、募集中です。

南畑に移住したい人たちに向けて、アドバイスはありますか?

まず、車は必要です。ないと暮らしていくのが難しいと思います。その他のことも、基本的には「わざわざ」やらなければいけない場所なので、不便さについてはそれなりの覚悟がいります。
自然の厳しい洗礼を受けることもよくありますね。冬には雪が積もったり道路が凍ったり、夏は生い茂る草と戦ったり。農業をやっていれば、イノシシやサルにやられて全滅なんてこともある。 都会と比べて、自分でどうにかできるところが圧倒的に少ないんです。だから「自分が無茶すればどうにかなる」というような考えだと、疲れてしまうかもしれないですね。
それから、天神や博多を歩くとひっきりなしにサインやコマーシャルが目に飛び込んでくるじゃないですか。そういうものも南畑にはほとんどないので、「今日は食材を買いに行こう」「今日はどこそこへ行こう」という風に、思考と行動がすごくシンプルになるんですよ。それが良いところでもあるんですけど、全部自分で決めないといけない、とも言える。
自分でコントロールできないところと、自分で決めなきゃいけないところと、いい意味でも悪い意味でも、素の自分がはっきり出てくる場所なんじゃないかと思います。だから、しっかりした自分の芯を持っている人の方が、楽しく暮らせると思いますね。

もぎたてのピーマン。生のままかぶりつくと、爽やかでほんのり甘い香りが口いっぱいに広がります。

もぎたてのピーマン。生のままかぶりつくと、爽やかでほんのり甘い香りが口いっぱいに広がります。

素のままの自分でいられるふるさとを拠点に、若いプレイヤー同士をつなぎ、地域の新しい魅力を引き出そうとしている添田さん。都会とは一味違う南畑の生活スタイル、それを愛するUターン者の存在は、南畑で何か面白いことをやりたい、という人たちにとっても、頼もしく感じられるのではないでしょうか。