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INTERVIEW

新生活、風通しのいい地域づくりを目指して。

インタビューアー / 長尾 牧子

[市ノ瀬在住] 稲生茉莉子さん

友人の田んぼ作りに参加したのをきっかけに、3年前南畑の市ノ瀬に可愛い一軒家を建て、移住生活を始める。 3人の子育てをしながら、南畑の様々な地域活動にも積極的に関わり始めている。

ビュンビュンと風を切って、山の風景を背景に自転車で駆け抜ける稲生さん。前と後ろにお子さんを乗せて自転車をこぐ毎日の幼稚園の送迎の一コマ。そんな日々の何気ないひと時も大切にしている様子が感じられます。車の中から手を振ると、とびきりの笑顔で応えてくれました。
お宅に伺うと、稲生さんのお人柄そのままのオープンな空間が。窓からは青々した田んぼを望み、夏の風の吹き抜けるリビングで、南畑に移住されてからの日々についてお話を伺いました。

稲生さんが南畑へ住むようになった経緯をお聞かせください。

子どもの頃から、父の転勤についてあちこち引っ越しながら育ちました。でも、どこも街中で、今のように田んぼが周りにある環境はなかったですね。そのせいか、昔ながらの人のつながりが強い地域で暮らすことや、自然豊かなところでの生活にはどこか憧れがありました。
結婚してからは那珂川市内に住んでいたんですが、“土のあるところで暮らしたい”という想いが強くなって。
そんなとき、南畑で田んぼを作っている友達の活動に関わったことで、あ、今の生活をそんなに大きく変えなくても憧れの生活が実現できるんだ、と思ったんです。通勤とか、スーパーへのアクセスとか、そういうものにかける時間を少しだけプラスアルファするだけでいいんだって。
その頃には1人目の子育てが始まっていたんですが、子どもを自然の中に連れて行ったとき、やっぱり目がイキイキしていたんですよ。それが印象的で。いちばんのきっかけはやっぱり「自然の中で子育てがしたい」だったかもしれません。

憧れていた暮らしを始めてみて、感じた変化はありますか?

普段の生活のふとした場面を、すごく贅沢に感じるようになりましたね。
例えば、夕方にふと外に出たら涼しい風が吹いて空が綺麗だったとか、 ゴミ出しついでに空を見上げたら星が綺麗だったとか、 早起きしたら鳥の鳴き声がすごかったとか。そういうとき「あぁ、生きてるなぁ、幸せだな」と感じて、本当にここに来てよかった、と思うんです。
地域の方がとても親切なのにも驚きました。人のために当たり前に、損得抜きで力を貸してくれるんです。今でも田んぼをやっているんですが、例えば水をひく溝の作り方なんかについてもアドバイスをくれるし、なんなら鍬をふるって手伝ってくださる方も。
子どもが危ないことをしていたら叱ってくれるのもありがたいですね。とてもいい距離感で付き合ってくれるんです。南畑の人は豊かです。ギスギスしてない。ゆったりしていると感じます。

ゆったりした南畑での子育て。子どもさん達の様子はどうですか。

子どもたちを見ていると、生活の中で季節の変化をよくとらえているなと思います。
オタマジャクシがカエルになるのを見たり、家の前の水路でカニ釣りをしたり、イモリを捕まえたり。時には傷つけてしまったりもするけど、それも幼児期には必要な経験ですよね。
賑やかな場所や立派な建物はないけれど、「南畑」を自分の庭のように行ったり来たり。 人は少なくても顔見知りばかりで、見守ってくれている目があるから、安心してウロウロしては、どこかで遊びを見つけてるようです。 今は子どもは何かと忙しくて、習い事や安全面からも親に与えられた環境で受け身に過ごしがちですが、南畑地域には本人に任せて外に放つ余裕が、まだあるように感じてます。
街なかだと「子どもを遊ばせる」って特別なことですよね。わざわざ公園へ連れて行って、子どもが遊んでいるのをじっと眺めて、というような。ここだと、料理や片付けをしながら子どもたちが遊んでいる気配を感じられるんです。子育てが普段の生活と一体になっている気がしますね。

稲生さんは南畑の色んな活動に関わられていますね。今、参加されている南畑みらい協議会(※)や井戸端会議(※)のことをお聞かせください。

実は、南畑に住むようになっても、地域の方向性がいまいち分からなかったんです。
近所の方はとても良くしてくださるんですが、子育て世帯や移住者からみて「こうなったらいいな」をどこに伝えたらいいか分からなかったんですね。

南畑みらい協議会は、元々、区長さんたち中心の集まりですが、私たちのような移住者も受け入れてくれる貴重な場。ですから、夜の会議ですが家族の協力を得て参加しています。地域の課題ごとに対策を考えるための分科会を立ち上げていて、それぞれの分科会のまとめ役は移住者が務めていることも多いんですよ。私自身は、子どもの中学校・高校への通学手段が課題だと感じているので「交通」分科会の委員長をしています。

井戸端会議は、こちらは本当に気楽な会ですね。平日昼間に集まれる人で集まって南畑の暮らしのこと、色んな事を話したいと思って声をかけています。本当に堅苦しくなく、お茶飲みながら。昔ながらの「いどばたかいぎ」ですよ。でもそういうところから色んなアイデアが出てくるのでは?と思っています。

※南畑みらい協議会:南畑の区長さんを中心として発足した南畑地域活性化協議会の愛称。2ヶ月に1回地区の公民館で開かれる。
※井戸端会議:平日昼間集まり南畑のことをあれこれ考える会。どなたでも参加できる。2ヶ月に1回地区の公民館で開かれる。

南畑の様々な活動に参加して感じることはありますか。

暮らし始めて、地域で集まれる場が思ったより少ないな、と感じました。小学校に関わっていると何かと集まる機会はありますが、学校以外にそういう場がないんです。親しくなる近所の方はいますが、もっと南畑の地域全体の単位で集まれる場所や機会があるといいなと。
もともと住んでいる方と移住した自分たちのような人の間にも、最初は知らない人どうしなので仕方のないことですが、どうしても少し距離感はありますね。でも、そこは色んな地域活動に参加することで、距離も少しずつ縮めていけるといいなと思っています。

最後に、これからの南畑の未来をどのように考えますか。

自分が歳をとっても住み続けられる場所になってほしいな、と思います。
今、私は南畑の交通について考える分科会を立ち上げていますが、これも子どもの通学のことだけでなく、高齢者の福祉の問題にも繋がりますよね。
他の問題についても、元々住んでいた人、移住してきた人、色んな人がアイデアを出し合って、いい知恵が生まれるといいですよね。何より、みんな南畑が大好きな気持ちは同じですから。

稲生さんは今、若いパパ達が出てくる場所も作りたいと、南畑でのサッカー教室の開講にも奔走しています。子育てしながら見えてくる南畑のより良い未来に向けて、地域とともに育むまちづくりはコツコツと進んでいます。